6. 調査・反応等

 SE4BSで提唱している価値駆動開発はバランスよくタイミングよく知情意を取り入れていることが重要だと考えています。現状のソフトウェア開発では知情意がどのように取り込まれているかを確認するために、いくつかのオープンなワークショップにてソフトウェア開発プロセスを取り巻くプラクティスをリストアップして、知情意にマッピングしてきました。
 本章では、みなさんの実践しているソフトウェア開発で実践されているプラクティスや概念、考え方を知情意の観点で棚卸してみていただく一助として、活動結果のいくつかをご紹介します。

6.1 知情意の分析

 当初SE4BSメンバーではソフトウェア開発に於けるプラクティスを知情意に分類して、知情意についての理解を深める議論を行いました。(図6.1-1)
 円の中央部分は価値駆動開発や匠Methodの成果物をマッピングしています。知情意がバランスよく存在しています。
 円の周辺部分は、ソフトウェア開発で実践されているプラクティスのほか、従来のソフトウェア工学では明示的に捉えていない概念や考え方についてもピックアップしてマッピングしています。
 SE4BSは将来に向けてこのようなプラクティスや考え方を取り入れながら発展させようと考えています。

図6.1-1 SE4BSメンバーによる知情意活動の分類

 ソフトウェア・エンジニアリングシンポジウム2019(主催:情報処理学会 ソフトウェア工学研究会)にて討論テーマを立ち上げ、知情意について意見交換しました。
 (討論テーマ(3) ビジネスと社会のためのソフトウェア工学に向けて: Towards Software Engineering for Business and Society (SE4BS), 2019年8月29日, https://ses.sigse.jp/2019/workshop.html
 SE4BSメンバーと参加メンバーとで知情意とは何かを議論しつつ、現状のソフトウェア開発におけるプラクティスをリストアップし、知情意で分類してみました。(図6.1-2)

図6.1-2 開発プロセスにおける知情意活動のマッピング

 この討論テーマの議論を通じてわかったことは、従来のソフトウェア開発では知のプラクティスが大部分を占めているということです。知のプラクティスは品質の高いソフトウェアを提供することに貢献しており、今までのソフトウェアで重要視されてきたためだと思われます。
 一方で、ビジネスやITシステムなど上流では情のプラクティスが多くなってきています。要求獲得やアジャイルに関するプラクティスではソフトウェアの価値、つまりステークホルダーのうれしさにつなげるために必要となるためだと考えられます。
 この議論の中では、意のプラクティスはほぼ見られませんでした。従来のソフトウェア工学という枠の中では、個人やチームや会社がもつ意が明示的に取り扱われてこなかったことを示しているといえます。

 ソフトウェア開発現場から広く意見を伺うことを目的として、XP祭り2019でもSE4BSをお題にしたワークショップを行い、知情意について議論しました。(XP祭り2019:ビジネスと社会のためのソフトウェア工学に向けて – 未来のソフトウェアエンジニアリングを探るワークショップ,2019年9月5日, https://xpjug.com/xp2019-session-f6/
 参加メンバーが実践しているプラクティスを知情意に分類したあと、実施タイミングに従って並び替えてみたのが図6.1-3です。

図6.1-3 開発プロセスにおける知情意の利用タイミング

この図からわかることは、現状の開発プロセスの中で常に使っているのは、知のプラクティスが大半を占めつつ、それを補うように情のプラクティスが取り入れられているところです。また特徴的なのは、意については全体の検討やプロジェクトがスタート・立ち上げに偏っているということです。これはつまり、プロジェクト実施後の多くの時間では参加する方々の意が明示的に語られていないということです。ワークショップの参加メンバーからも、
  ・情意のプロセスが時間をかけて実施できてていない
  ・知のプロセスとの明示的に関連付けられていない
というコメントがあり、意が明示的に語られていないことに同調する意見が出ていました。

6.2 まとめ

 繰り返しになりますが、SE4BSでは、ソフトウェアの価値を高めるためには、知情意のバランスが重要であると考えています。
 ソフトウェア開発 で実践されているプラクティスや概念、考え方を知情意として捉えたり、それらのバランスやつながりが悪いことにはなかなか気が付きません。
 SE4BSはソフトウェア開発の知情意バランスを整えるための処方箋になります。SE4BSを実践すればステークホルダーの価値・ソフトウェアの価値がぐんと高まることは間違いありません。
 例えば、図6.1-3で不足していた意を補うために匠メソッドの「価値デザインモデル」を取り入れ、プロジェクト全期間で常に参照し続けることで、各フェーズのプラクティスに意を取り込むことができるようになります。(図6.1-4)

図6.2-1 価値デザインモデルによる意の取り込み

まずは、みなさんの実践しているプラクティスを知情意の観点で一度棚卸してみてはいかがでしょうか?

6.3 スマートエスイーセミナーでの紹介

スマートエスイーセミナー(社会やビジネスに新たな価値を生み出すソフトウェア工学(SE4BS), 2020年6月24日, https://bpstudy.connpass.com/event/178517/)を開催し、ソフトウェア開発に携わる多くの現場の実践者へ説明し、意見を頂きました。

1) 寄せられた意見

従来手法との違いを問う意見は多く見られました。SE4BSの特徴として挙げている価値の良し悪しの評価が難しそう、従来から言われている価値ベースの取り組みとの違いがわかりにくいという意見が出ていました。
手法の難しさを指摘する意見・質問も多くありました。トレーサビリティやモデルの多さから軽量でないと受け止められ、実践性への疑問と証明を求める意見がありました。価値分析の重要性は理解できているが実践者の理解が及ばず取り組みにくそう、科学に裏打ちされたエンジニアリング・論文という形態では実践者にとって縁遠いとの意見でした。
一方で、新しい考え方や手法のへの肯定的な意見も頂きました。「知情意」という考え方に対して、知の乱立と情意が不足していることへの共感、意の必要性、知情意のバランスが大事との意見を頂きました。「知情意」と「価値」では、従来の工学では語られてこなかった概念であったためか、詳しい考え方や取り入れ方について求める質問もありました。

2) 期待と課題

セミナーへの意見をもとにSE4BSに期待をまとめると、
・価値を高めることを陽に取り入れたソフトウェア工学の提供
・知情意の視点を取り入れた技術・プラクティスの提供と現場での実践の仕方
となります。DX真っ只中の変化の激しい時代にあって、現在知られている手法、技術、プラクティスに対する不足感があることが伺えました。
一方で、SE4BSを実践する手法については、モデルの多さや複雑さ、トレーサビリティの作業の重さがDX時代に主流となるアジャイル開発への適合性にも疑問視する声がありました。実際には1日程度での軽量に実践できる手法であるため、実践者に向けた方法論・手法の示し方の工夫が必要であることを理解しました。
今後は価値を捉えることの大事さ、そのために必要な検討作業を真にわかってもらうためにワークショップなどでの体験ができる機会を増やしていくことが大事であることがわかりました。

6.4 ワークショップ・大学の講義での検証・実践

これまで整理してきた価値駆動プロセスを、ワークショップおよび早稲田大学理工学科の科目にて活用してきました。価値デザインモデルから簡易ロバストネス図の作成まで、あるいは一部のプラクティスを導入しました。社会やビジネスの価値から、ソフトウェアモデルまで追跡可能であることを確認しました。

時期活用事例
2019年度早稲田大学情報理工学科における演習中心のソフトウェア工学科目への価値駆動プロセスを導入
2020年09月XP祭り2020 魅力的なモノ・コト創りのためのSE4BSのアジャイル体験
2020年09月SES2020 ワークショップ「WS4 DX時代のビジネス・社会価値創造に向けたソフトウェア工学を探る」
2020年度早稲田大学情報理工学科における演習中心のソフトウェア工学科目への価値駆動プロセスを導入
2021年01月WWS2 ワークショップ
表6.4-1.価値駆動プロセスの活用事例

SES2020、XP祭り2020にSE4BSの実践手法である匠Methodのワークショップを実施しました。結果として、参加者からは、以下のような意見をいただきました。

  • 価値を明示的に、幅広く捉えることが重要
  • 価値と要求の行き来が肝だとわかった
  • 戦略要求と業務要求がつながっているところが良い
  • 価値デザインモデル・価値分析モデル・要求分析ツリーを行ったり来たりするところがポイントだった

SE4BSで掲げている価値駆動開発のプロセス・手法は体験を通じてしか分からないことがわかりました。SE4BSの特徴である知情意を明に取り入れた価値駆動開発では、ビジョン・価値・要求の間を行き来しながら洗練していくことの重要性を理解していただかないといけませんが、そのためにはワークショップを通じた学びが必須であることがわかりました。
今後もさらに正しく深く理解していただけるワークショップの構成を検討していく予定です。