5. 実践トライアル編(開発モデル編)

5.1 何をデザイン対象とするのか

前章までは、プロジェクトデザインとして、ステークホルダーモデル、価値分析モデル、価値デザインモデル、要求分析ツリーをデザインしてきました。

本章では、プロジェクトデザインから導き出された価値に対し、どこから開発モデルの作成に着手するのかを意思決定するために必要な優先順位について考えるところからスタートします。理由として、プロジェクトデザインとして作成した要求分析ツリーに描かれた要求すべてに対してユーザーストーリーマッピングを実施することは、工数・時間がかかることもあり、優先順位の高いものから着手する必要があるからです。

図5.1-1 実践トライアル編におけるモデル作成のすすめ方

優先順位を考えた後は、要求分析ツリー上で最優先すべきストーリーを選定し、優先順位の高いものからユーザーストーリーマッピングを作成していきます。こうして作成したユーザーストーリーマッピングに登場する各ユーザーストーリーには、共通して登場してくる登場人物や固有名詞が存在します。ビジネスと業務に登場する重要な要素を概念モデルとして落とし込んでいくことで、システムに対する制約事項を明確にしていきます。

5.2 優先順位を考える

実際の開発の現場において、要求分析ツリーの業務要求のすべてに対して一遍に開発モデル作成の対象にすることは、ビッグバーンリリースとなってしまい、リソースの面でも、時間的な面でも、おすすめできません。

アジャイルの考え方においては、価値の高いものから開発・リリースすることで、提供した価値に対するフィードバックを得て、価値を評価することを推奨しています。つまり、細かく仮説検証を回していきたい、ということです。

そのためには、どの価値から仮説検証していくのがよいか、ということを考えるための優先順位が必要になります。言い換えると、開発モデルを作成する前に、要求分析ツリーから、MVPのターゲットとなる業務要求を選定することが必要です。

それでは、どのようにして優先順位を考え決めていけばよいのでしょうか。

実は、優先順位を考えるにあたって、決まり切った基準があるわけではありません。企画編で作ってきた三つのモデル、そして、その背景にある、チームメンバーの意思、経験、直感に基づいて決めていくことになります。総合して、チームが一番価値がある、つまり、一番早く検証したい仮説を選ぶのが原則です。

今回の事例では、このモデルを作り上げたチームが、最も先に試してみたいと感じた業務要求を、最優先として選択してます。

優先順位と選択した合意された理由を残しておくとよいでしょう。

仮説が検証されたとき、つまりリリースされ、フィードバックを得たとき、再び要求分析ツリーに戻り、次の優先順位を考えます。フィードバックにより、優先順位は変わるかもしれません。もちろん、モデルも見直して行くことになります。

5.3 要求分析ツリー上で最優先の目的を選定

次のプロジェクト目的の中から最優先のものを選定します。

図5.3-1 プロジェクトの目的

プロジェクトの目的でミニマムな投資で価値提供を確認するべき「(D)予約サービスの導入」を最優先の目的の候補として上げてみました。

図5.3-2 要求分析ツリーから最優先の目的を選定

5.4 ユーザーストーリーマッピングを作成してMVPを策定する

選定したプロジェクト目的を対象に、ユーザーストーリーマッピングを作成します。

5.3で決めた優先順位基準に従い、まずは座席の予約ができたときのユーザーストーリー(To-be)をアクティビティのフローとして作成しました。

価値駆動のソフトウェアエンジニアリングを目指すSE4BSのユーザストーリマッピングでは、各アクションの上に矢印により、このアクションで担保すべき価値を価値分析モデルの価値記述から見つけ出してステークホルダーとセットで配置しておきます。

このようにしておくことで、アクティビティの下方向に記述されるアクティビティを実現するためのIT視点のストーリーで担保すべき価値を意識することができるのです。価値駆動のソフトウェアエンジニアリングを目指すSE4BSのユーザストーリマッピングは、価値分析モデルからの「価値記述」を加えることにより「どのステークホルダに、どのような価値をお届けするか」を常に意識するものになっています。

図5.4-1 価値分析モデルからユーザーストーリーマッピングへ

ストーリーの作成では、ユーザーストーリ―マッピングの手法に従って、作成したユーザーストーリーを、ユーザーのアクティビティにマッピングし、優先順位付けをし、最低限、一番確かめたい価値を生むユーザストーリを最上位に並べたものをMVPとしました。その次にリリースすべきものは、MVPの下段に記述していきます。

では、ユーザーストーリーマッピングの全体像を以下に示します。

図5.4-2 作成したユーザーストーリー(左半分)
図5.4-3 作成したユーザーストーリー(右半分)

ストーリーの書き方について、可能な限りwho/what/whyを用い、誰にとってどのような価値を目指しているのかも、後々の議論でわかるよう工夫しました。

実際にストーリーを書き出してみると、価値分析モデルを修正する必要性が見えてきたことから、図5.4-4のように修正しました。

図5.4-4 修正した価値分析モデル